2006/9/28  11:47

我が家の日中戦争  家族

やっと通院生活から開放されたけど、まだ家からは出られず。
やることないよぉ。

今回のめいの病院通いで、爸爸とママは大喧嘩。
もう、我が家の日中戦争勃発です。

日本から帰った日、常夏29℃の日本から23℃の雨の上海は、ちょっときつかった。
飛行機の中で、「上海の気温は23℃。」とアナウンスがあって、ママは「32℃の間違いでしょう。」と笑い飛ばしていたら、飛行機の外は、まるでエアコン効きすぎの爸爸の部屋みたい。ママもめいも袖なし生足の超リゾートスタイル。
空港を出る頃には鼻水すすってました。

迎えに来た爸爸(結局日本には来なかったんだよ)と先に帰ったお兄ちゃんが長袖着て立っていたの。
寒さにはもっぱら強い二人がそんな滑降してるくらいだから結構寒かったんだよね。

で、次の日、当然お熱が上がっためいちゃんは、ママの持ってきた日本の解熱剤を飲んだけど、熱が下がらない。
「めいは、半分中国人だから中国の薬の方がいいよ。」
と、その次の日は中国の解熱剤を飲んだの。
でも、熱は下がらない。
ママは、「病院に行った方がいい。」と「上海イエローページ」で日本系の病院を探し始めた。
爸爸は「浦東や古北なんて、そんな遠いところまで行くより、近くに中国の大きな病院があるじゃないか。」
と言って、めいを連れて行ってくれたの。

日本は、何かあると、ママがすぐに病院に連れて行くから、薬も病院で処方してもらったよく効く(市販のものより処方箋の方が強い薬なんだってね。)薬を飲んで、風邪も早めに治っちゃう。
上海では、人は滅多に病院へ行かない。処方される薬も、普通に薬局で売っているのと同じで、そんなに変わらないし、病院は日本に比べて清潔感がないから、風邪ぐらいで病院にいくのは小さな子供ぐらい。
でも、今回のしつこい熱とひどい咳に、爸爸もママも普通の風邪ではないと思っていたらしい。

結局、通院最初の日は「風邪です。」と言われて点滴して帰ってきたけど、夜中にまた、39度の発熱。そんな通院が3日続いたけどよくならず。

上海の病院は、カルテは自己管理。毎日カルテのB6サイズの手帳を持って、診察をうける。大きな病院のせいか、毎回違うお医者さんで、みんな若いお姉ちゃま。
爸爸が言うには、「年を取った経験や実績のある先生」は重病しか診ないんだって。
お姉ちゃま先生は、こちらの話を聞いてカルテにメモを取って、聴診器を当て、のどを覗いて、無言でカルテを返す。
爸爸が「肺炎じゃないかな。」と言うと、「あ〜ん?扁桃腺が腫れてるだけです。3日も薬と点滴すれば治るでしょ。」その態度は、お医者さんというより、事務のお姉さん。
そんなやり取りしてる間にも次の患者がお医者さんのテーブルの前を囲んで自分のカルテを差し出している。診察室の外で待つなんてことはありえない。
こんな感じだから、みんな病院に行きたくないんだよね。

全然よくならないので、4日目はママが付き添い。
その日はたまたま、中年の男の先生だった。
「英語わかります?」ママは切り出した。
「いいですよ。」
ママは、これまでの病状と「肺炎だと思うからレントゲンと血液検査をしてください。」
と、何度も訴えた。
この先生はいつもと違い、喉や眼を見て(日本ならいつもやることなんだけど)
「わかりました、検査しましょう。」と言ってくれた。
結果が出て、レントゲン写真を見て、ママは、「肺が真っ白じゃないの!」とご立腹。
先生の一言。「間違いなく肺炎を起こしてる。何でこんなになるまでほっておいたんだ?」
おいおい。もう4日も毎日来てるんだけどぉ。
「入院は必要ないが、家ではベッドから出ないように、毎日点滴に来なさい。甘いもの、冷たいもの、メロンとみかんは食べちゃダメ。あと、揚げ物と海鮮も咳が酷くなるから食べないで。熱が下がっている時はシャワーしていいけど、昼間にするようにね。なんかあったら、すぐに病院いらっしゃい。」
じゃあ、アイスもケンタッキーも、エビフライもだめなの?食べるものないじゃない?
頭は痛いし、だるいけど、食欲はあるんだよぉぉ!
「だめ!」

そして、点滴コーナーで、ママの電話で駆けつけた爸爸と、ママは当然大喧嘩!
大きな病院だから、点滴コーナーには60のベッドとほぼ満員の患者さんが点滴中。
ママと爸爸の日本語の大喧嘩は、点滴中の暇つぶしにはちょうど良い。
ママは何時になくヒートアップ。
「最初に日系の病院に言っていれば、肺炎なんかにならなかったわ!」
「そんな事は今更言っても仕方ないだろう。」
「あなたは、大事な娘を殺す気なの?」
「そんなわけないだろう。」
患者さんたちは、点滴の棒を持って、付き添いの人はおやつの袋を持って、めいのベッドには人だかりができちゃった。
恥ずかしいよ、もう!
爸爸がママの言うことにいちいち反論するから、ママは、病院を飛び出していっちゃった。
爸爸追いかけなくていいの?
「大丈夫だよ。子供じゃないんだから。」
その後、病院の点滴コーナーに残された爸爸とめいは、あまりの恥ずかしさに、点滴が終わるまでずっと日本語で話し続けて、日本人を演じるしかなかった。
だって、爸爸が上海人だってわかったら、隣のベッドのおばあさんの細かいインタビューにいちいち答えなくてはならないから。
「なんだい?日本語じゃあよくわかんないが、何で喧嘩したんだい?嫁は大事にしなくちゃね。」と言われて、「我是日本人 中文不知道」と日本人なまりの中国語で答えていた爸爸・・・可愛い。

ママはそれきり病院には現れず、家に帰ってきたのは随分夜遅っかったみたい。
次の日、久光や伊勢丹や、ブランドショップの紙袋がママの部屋に散乱していた。
我が家の日中戦争の新たな火種にならなきゃいいけど。

つづく。



2008/1/26  16:23

投稿者:アダルト
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